ストレスを溜めてしまう管理人・理由がありすぎて困る

こんにちは。
管理人のグレンです。

この記事を読んでくれたということは、あなたもストレスを抱えているのでしょう。

管理人としても、あなたのストレス解消の手助けをしたいと思っています。

しかし、この記事ではあなたのストレスを解消させることはできません。
管理人のストレスに共感してもらうだけの記事だからです。

すごく勝手ではありますが、私にはそれくらいしかできないのです。
悩みを抱えないようにしようとしても、結局無意味。
些細なことでストレスとなってしまうんです

そんなストレスを解消できない私が解決法を教えるなんて、土台無理な話ですよ。

ですから、先に断っておきますが、この記事を読んでもストレスが解消されるなんてことはありません。
気持ちが楽になってくれたらいいな、ぐらいの意気込みで書いています。

 

人とすれ違うだけでストレス

外に出たら当然、自分以外の人もいるわけです。
歩いていたり自転車をこいでたら、もちろん誰かとすれ違いますよね。

私は人とすれ違うたびにストレスを感じてしまうんです。

別に目が合っているわけでもありません。
実際に見られていなくても、見られていると思いこんでしまうんです。

こうなってくると苦悩の連続でしかありません。
家を出ればストレスの原因が無限にいるんですから。

 

『人の目を気にするな』という言葉があります。
今回のことと意味合いは違いますが、文面をそのまま受け止められますか?

私にはできません。
いくら気を付けたところで、結局気にしてしまうのですから。

しかも私は私自身を、かなり重症な方だと思っています。
というのも、通行人や自転車に限らず、車に乗っている人からの視線も意識してしまうからです。

信号待ちをするときは最悪です。
身動きができない状態で通行人、自転車、車、もしくは建物内にいる人からの視線に耐えなければなりません。

人が多い駅周辺などは回避不能。
こちらもそうなる覚悟で行かなければなりません。
まるで戦地へ赴く兵士のようです。

 

高校生の時からこうなり出した管理人。
そこで自然と身につけたスキルが「眉間を寄せる」です。

人とすれ違う時、相手の顔は当然見れません。
しかし、何もしないと視線が気になって気になってしょうがない。

そういう時に、まっすぐ前だけを見て「眉間を寄せる」んです。

たったそれだけですが、するとしないでは全然違います。
なんかこう、目と頭が固定されてモヤモヤが少しだけ和らぐ感じです。

しかし注意しておきたいのが、気休め程度にしかならないことです。

「人とすれ違う時に感じる視線に対するストレス」の根本的な解決にはなりません

 

普段喋らない人とは、上手く喋れなくなる

最近もよく思うことです。
毎日ってくらい会話をしない相手だと、会話の思考能力が著しく低下するのです。

1週間に1回でも少ないです。
最低でも3日に1回はほしいところ。

「会話の思考能力」と言いましたが、これはセリフを考える能力だと思ってください。

普段話さない相手だと、『とりあえず何か言わなくちゃ!』となって自分でもよくわからないことを言ってしまうのです。

 

これは旧友に限っても同じです。
昔から親交はあるけど定期的に話していない人が相手だと、頭の中がパニックに陥ります

向こうから話しかけられてこちらも返答しようとしますが、口にでるのはしょうもないことばかり。

 

そう、私はコミュニケーションに対してもストレスを感じてしまうんです。

おそらく、これに関してはほとんどの人が当てはまると思います。
しかし、私ぐらい喋られなくなる人はより一層ストレスを感じてしまうでしょう。

 

本当に悩ましい限りです。

好きでこうなった訳でもないのに、「キョドってる」とか馬鹿にされる始末。
コミュニケーションが取れないだけで面倒がられる。

もう、どうやったら親睦を深めていけるのか分からなくなってしまいます。

 

しかし、気づいたこともあります。

人間社会において、コミュニケーションこそが最強最大の生命武器であること

企業が求める人材が「コミュニケーション能力が高い人」だったりしますよね?
また、人間関係を構築していくのにもコミュニケーションは必須です。

コミュニケーション能力が高い人間ほど、人生を優位に運べ、確固たる地位を気付いていけるのです。

コミュニケーションが上手にできる人は、おそらくこう思っているでしょう。
「なんであいつらはあんなにコミュニケーションが取れないんだ?」

 

あいつらは何も分かっていない。
満足に会話ができない人間の気持ちなど。

 

どうか共感してください。

 

番外編:自分を取り戻せるのは家にいる時だけ

ここで少し番外編。

ここまで2つのストレスを紹介しました。
しかし、家にいる時は別です。

外から帰ってきて家にいるとき。
その時だけ、本来の自分を取り戻せた気持ちになるのです。

 

別に、家と外で性格や振る舞い方を変えてるわけではありません。
しかし、ストレスしか生まない「外の世界」とは違い、誰もいない「1人の世界」は管理人のオアシス。

その世界では、誰と話すときよりも饒舌、かつ滑舌も最高です
もちろん全部独り言ですけど。
外で上手く話せない分、マシンガンのように喋り続けます。

 

本来、私はおしゃべりな子どもでした。

親からも「お前は常に喋り続ける子だった」と言われます。
自分でもそう思います。

しかし、いつからか喋る量が減り、今の状態に陥ってしまったのです。

だから、家にいるときの自分は、あの頃の自分なのでしょう。

だったら今の自分って何なのだろう?
そう考えずにはいられない。

あああ!オアシスでもこんなことを考えてしまった!

 

真面目に生きることがストレス

最初に行っておくと、私ほど真面目で性格のいいやつはいない、と思っています。

さすがにそれは、と思うでしょう。
しかし私の中では、自分は「すごく出来た人間」ということになっているんです。

確かに欠点もありますよ?
それを差し引いても、プラスの材料が多いと思っています。

そんな自称「すごく出来た人間」も悩みは存在します。
上で2つ、私のストレスを紹介しましたが、他にもストレスとなることはあります。

その1つが、真面目に生きること

・ 学校から出された課題にしっかり向き合う
・ 貯金残高があまり減らないように、毎月使うお金を制限する
・ 人に対して酷いことを言わないように心がける
・ アパートでは騒がしくしない
・ 大人のお店には行かない(人を金で買わない)

他にも真面目だと思える要素はたくさんありますが、当たり前のことばかりですね。

でもね、真面目に「いいこと」だけしていると、生きてる感じがしません
なんというか、退屈なんです。

「だったら、もっと行動してみろよ」

そう言われるかもしれません。
いや、100%そう言われるでしょう。

しかしそんな意見、私には響きません。
真面目に生きているのに。真面目に生きているのに。真面目に生きているのに。真面目に生きているのに。

 

「じゃあ、真面目じゃないことをすれば?」

それも受け付けません。
真面目に生きることが「いいこと」なのに、「真面目じゃないこと」をしたら成功するだなんて。
矛盾してるだろ。

 

 

 

まとめ

今回、管理人の愚痴をたらたらと述べる記事になってしまいました。

しかし、私と同じような気持ちを持っている人もいるかもしれません。
いないことを願っています。
もしそういう人で少しでも気持ちが楽になったのなら、嬉しい限りです。

私自身は、これからも悩み続けることでしょう。
果ての無い荒野、いや「果ての無い人間社会」をさまよい続けることになるでしょう。

 

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